【ヒゲ先生のコラム】悪ガキ奮戦記/基礎体力扁
北中では当時、始業前に学校周辺の草道を全校生徒がそろってマラソンをさせられていた。オリンピックにでそこなったという経験をもつ身長185センチの体育教師、A先生はとても熱心で生徒たちの基礎体力作りに力を注いでいた。
一方、私は小中とずっと肥満児で心肺機能も低かったので、ジョギングとかマラソンとかがひどく苦手であった。皆がそうするので、全員がランニングシャツ姿になるのだが、肥満児である私の胸はだらしなく女の子のようにぷっくりふくらんでいた。
密かにあこがれていた3組の洋子さん(仮名)は、そんな私の胸を指さして「深谷クン、男子なのにオッパイぷっくりふくらんでるよね」と指摘してきていたが、当時の私にはそれが死ぬほど恥ずかしい悩みのたねであった。
それで、やがて私は男子トイレの中に隠れてマラソンをさぼるという方法に行き着いた。みんなでぞろぞろ走るのだから一人ぐらいサボってもわかるまいというのが私の戦略だった。
天網恢々・・・、しかしその方法は最悪の結末をむかえた。
ある日、いつものように男子トイレ(大のほう)に隠れて息をひそめていると、竹刀を手にしたA先生がやってきた。一番はじから竹刀で順にトイレのドアを激しくたたいた。
のちにジョーズというサメに追われるアメリカ映画を見たが、恐怖はあんなものではなかったと思う。
反対側のトイレで息を殺していたが、A先生は
「おい、だれかトイレの中でサボってる奴とかいねえだろうな! たとえば3年1組の深谷ジンとか!」と言いながら竹刀でドアを強くたたいた。
どうやら、A先生にとって私はマラソンをサボる悪ガキとして観察対象だったらしい。
もちろん、名前を呼ばれた時点で私はすぐにドアの外に出た。
殴られはしなかったが、私はかなりこっぴどく叱られたはずである。
(本当はドアの外に出て以降の記憶を私はあまりよく覚えていない)
中年の頃も運動するのはキライで、私の前世はお地蔵さまだったと豪語し、歩くことさえおっくうがった。運動はと問われると、右手を高く掲げてタクシーをとめるくらいがせいぜいであった。
「深谷さん、ちっとは身体をうごかさないとロクなことにはなりませんよ」と内科医に幾度も忠告されていたのに・・・。
老年を迎えた今、私は糖尿病に苦しんでいる。腎臓も1個無いし、全身の血管はぼろぼろ状態だ。
運動というものから遠ざかってきた自分に、今になって後悔している。みなと一緒にしっかりとマラソンしていたら、私の基礎体力はもっとどうにかなっていたにちがいない。先生の言うことは素直によく聞くべきなのだ。
反省・・・。
今も熱にうなされるとA先生の声が聞こえてくる。竹刀が強くトイレのドアを打つ音とともに。
日本放送作家連盟
日本脚本家連盟員
深 谷 仁 一